ルポライターの佐野眞一氏は、養毛剤産業の第2期として1973〜1980年代初頭と分類しています。この時期は第一製薬から「カロヤン」、カネボウ毛祖父品から「スウェルチノーゲン」などが発売されていた頃。ただし売上は低迷しており、それを一変させたのが資生堂の「薬用不老林」だったということです。
男性用化粧品の登場
1872年、民間で初めて洋風の調剤薬局として創業した資生堂。1897年に化粧品事業へ進出し、アールヌーボー風のモダンなデザインや広告活動で人気を博しました。
1915年には資生堂のシンボルとも言える「花椿」を商標にし、近代的な西洋の高級化粧品と西洋風な生活を日本の日常生活へと浸透させていきました。
特に女性の美容が近代化する重要な役割を担ったとされており、この頃にヘアトニックとしての「フローリン」が発売されています。
ヘアトニックから養毛剤へ
ヘアトニックの「フローリン」は、資生堂初代社長がアメリカの薬品メーカーから贈られた化粧品のひとつを国産化したものと言われています。
容器には語源となった「FLOW LINE IDEAL HAIR TONIC(流れるような理想的なヘアトニック)」と英語表記され、効能も英語。当時はとてもお洒落な商品だったようです。
当初はかゆみやフケをとめるための商品でしたが、後に男性用養毛剤として「薬用不老林」に生まれ変わります。
整髪料が男性化粧品の主流に
化粧品は女性をターゲットとして発売されていましたが、資生堂が男性向けの商品を発売したことで、徐々に各社が男性をターゲットにしていきました。
1960年代には液体整髪料の「MG5」が発売され、黒とシルバーのダイヤカットチェックのパッケージも相まって大ヒットしたようです。
各社が競争をしていく中、60年代半ばには男性用化粧品は整髪料がメイン商品となり、養毛剤・育毛剤も女性ターゲットから男性もターゲットとする「頭髪用化粧品」という分野が設定されるに至っています。
現在でも店頭に並ぶ「不老林」は、アメリカ発のヘアトニックだったのですね。男性用化粧品、頭髪用化粧品の登場で、薄毛へのアプローチも幅が拡がった感じがしますね。